戦争の世紀と日本の苦悩
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西尾 : 日露戦争については、通例の教科書では反戦運動が強く語られて、概ねご承知のように内村鑑三、
幸徳秋水、与謝野晶子を代表的な反戦論者として掲げて、ある教科書では戦争に反対する人々と戦争に賛成する人々の見解が並べられていて、
どっちが正しいだろうかという誘導尋問のような現代の反戦平和主義の感情で子供たちを操っている教科書もあります。
我々の教科書はそのような見えすいたことを子供たちに与えたりしません。
浅知恵はなによりも教育の敵です。小村寿太郎が日本はイギリスと同盟を結ぶべきか、
ロシアと同盟を結ぶべきかという選択に迫られたときに書いた小村意見書というのがあります。
これはイギリス側についた時の利点や欠点、ロシア側についた時の利点や欠点を冷静に分析したもので、
日本が厳しい国際情勢の中に立たされたときに必死に問題を考えながら如何に的確に対処したかを物語るものです。
当時の状況が、今からでは想像もつかないような厳しいものであったことが中学生にもわかるように対比的に書かれています。
またコラムでは日露戦争に対する外国人の肯定的評価をいくつか紹介しました。
慰安婦問題についてはもちろん一行たりとも書かれていません。
南京事件については東京裁判の記述のところで東京裁判に突如初めて出されたテーマとして紹介しました。
我々は日露戦争の直後から第二次世界大戦の時代までをひとくくりのものと捉えました。
これは全体を大きく把握した時に妥当な考え方だと思います。
日露戦争終結後に日本は列強の仲間入りをしてすぐに、カリフォルニア移民排斥など様々な国際問題にぶつかったわけですから。
我々は、第二次世界大戦時代の冒頭に1860年代から1912年の間にアメリカが獲得した主な領土や植民地の一覧図を掲げました。
アメリカは日本の立ち上がりの時期に、日本列島の太平洋側の地域を封鎖した形になったわけです。
この封鎖だけで日本にとって脅威であった。日米戦争は必然のものであったことが今になって思われるわけです。
戦争というものは正義でもなく不正義でもなく、道徳とは無関係におこりえるものなので、
日本が正しいとかアメリカが正しいとかはあり得ないわけです。
それからファシズムの台頭と題したところで、今まではナチズムやファシズムは一方的に悪者視され、
共産主義には肯定的な評価が与えられていましたが、我々はファシズムも共産主義も秘密警察や強制収容所による党支配のものであり、
全く同質のものとして描きました。ヒトラーとスターリンは同時代人で、
互いに相手のやり方を学習しあっていたという観点が提起されています。
また、南京事件にしても、第一次南京事件つまり中国国民党が外国領事館及び居留者にたいして暴行略奪を働き、
多数の死者を出した事件について書きました。当時の日本は無抵抗を貫きました。
西尾 : 大東亜戦争については、四ページにまとめられていますが、最初の二ページは東南アジアにおける緒戦の大勝利を描いています。
僅か百日ほどでアジアから白人支配を追い出したので、東南アジアやインドの人々、
さらにはアフリカの人にまで独立への夢と勇気を育んだ、と記述しています。
後半二ページはミッドウェーからの敗北への悲惨が描かれています。
대동아 전쟁! 이라고 기술합니다! 완전히 왜곡된 언행.
我々の教科書で自分で言うのもなんですが、日本人の心を強く打つものがあります。
おそらくこれまでの教科書で初めてではないかと思われますが、
神風特別攻撃隊について叙述的に写真と隊員の家族への手紙入りで書かれています。
そしてその章のしめくくりに「戦争は悲劇である。しかし、戦争に善悪はつけがたい。
どちらかが正義でどちらかが不正という話ではない。国と国とが国益のぶつかりあいの果てに、政治では決着がつかず、
最終手段として行うのが戦争である。アメリカ軍と戦わずして敗北することを、当時の日本人は選ばなかったのである」
とあの時代の日本人の決意と自己認識をまとめています。この部分は我々の志を強く訴えたものであり、
「つくる会」の原点とも言えるかも知れません。
また、次の章で我が国が開戦直後から戦争の目的の一つとして掲げていたアジア解放について具体的に述べ、
昭和十八年十一月に東京で開かれた大東亜会議について言及しています。
大東亜会議では各国の自主独立やたがいの提携による経済の発展、各民族の伝統文化の尊重、
そして人種差別撤廃を強くうたう大東亜共同宣言を満場一致で可決しました。
これは後に1960年の国連総会で決議された植民地独立宣言と期せずして同じ趣旨のものになりました。
新しい教科書は日本が様々な迂余曲折や困難を経ながらも、インド仮政府、ビルマ(ミャンマー)、フィリピン、
ベトナム、カンボジア、ラオスなどの国々を独立に導いたということを伝えています。
また、インドでは我が国が敗北した直後、イギリス軍が日本軍とともに戦ったインド国民軍を処罰しようとしたのに対し、
インド人が民衆をあげて激しい抵抗をして、これを契機に全面的にインドが独立をなしえたのだと描いています。
更にインドネシアでは、PETAと呼ばれる日本軍によって組織された三万八千人の軍隊が、
二千人の日本人義勇兵とともにオランダ軍を相手に独立戦争を開始し、
それによって、四年後の1949年インドネシアが三百五十年間続いたオランダ支配から独立したということに言及しています。このように日本軍の南方進出がきっかけとなり、アジアからアフリカまでヨーロッパの植民地だった国々の独立の波はとどまることがなく、「第二次世界大戦後の世界地図は一変した」としめくくられています。これは事実が証明したまぎれもない歴史の足跡です。フランスやイギリスの教科書は日本の戦争がアジア・アフリカの解放にはたした役割を認めて、同じ意味のことを書いております。