一、このたび当会が提案し、扶桑社が編集・作成した中学校歴史・公民教科書が文部科学省の検定に合格した。かえりみれば平成八年十二月二日、当会設立の記者会見を催してより、既に四年余の歳月が経過した。本日ここに、一つの確かな結実をみたことは、深い感慨にたえない。
戦後、歴史教科書改善の必要はくりかえし主張されてきたが、どうしても改めることが出来なかった。冷戦の終結で転換のきざしが生れるかと期待されたが、逆に今日まで悪化の一途をたどった。平成八年、中学校の全歴史教科書に「従軍慰安婦」の記述が登場した事実は、心有る国民に歴史教科書の非常識振りが極限までに達したことを気づかせた。当会が立ち上がったのは、まさにこの場面においてだった。当会の主張を支持する国民の輪は急速に広がった。
二、しかるにいよいよ検定にさしかかると、ルール違反としか言いようがないさまざまな攻撃が繰り返された。昨年の七月から早くも一部マスコミによる検定中の白表紙本へのバッシングが始まった。いまだ内容が確定していない非公開の白表紙本を断片的恣意的に引用し非難を加えることは、手足をしばられた者を殴るにも等しい極めて悪質な行為である。また検定調査審議会のメンバーの中に検定不合格を目論んで事前工作を働くものが現れた。この一件は、背後に外務省の組織ぐるみの関与を疑わせる不透明なできごとだった。
さらに、朝日新聞が当会を包囲攻撃する世論の形成がおぼつかないことを悟ってか、二月二十一日付一面トップ記事で、中韓両国の外圧誘発を企てる報道を敢えて行ない、その結果、両国から不合格を図る政治圧力が表面化したことは、検定のルールに対する重大な挑戦であるとともに、これら両国との友好発展の見地からもまことに遺憾なことであった。さらには長年検定制度の廃止を唱えてきた社民党(旧社会党)が、扶桑社編集教科書を標的として憲法違反の検閲を求める姿勢を公にした。その節操のなさと、民主主義のルールを犯す鉄面皮さにはただただ驚くばかりである。
三、幸いなことに、政府および文部科学省は、それら一連の動きに対し、終始理性ある姿勢を崩さず、ここに扶桑社版教科書は無事、検定を通過した。これは、この教科書の内容が学習指導要領の要請にかない、かつ必要な修正を経たものである以上、当然と言えば当然のことであるが、この間の推移の険しさを考えると、検定のルールが厳守されたことを評価したい。
政府及び文部科学省の姿勢を支えたのは国民意識の成熟であった。外圧に屈して政府が政治介入することを、健全な国民の常識が許さなかったのである。ここに中韓両国による外圧の限界がはっきり露呈した。もしわれわれの教科書が途中で挫折するか、外国の圧力で不合格にでもされていたら、日本人はもう二度と自前の歴史認識に立つ教科書を日本人自身の手でつくることは出来なくなってしまったことだろう。われわれは崖っ淵に立たされていたといえる。しかし、その困難をここに突破することができた。われわれは今、昭和五十七年以来くりかえされてきた中韓外圧とそれへの迎合という、わが国と両国との健全な関係の発展を妨げてきた悪循環をやっと断ち切りうるあらたな歴史のステージに立ったことを確認する。これは教科書問題にとどまらず、日本の社会に常識を取り戻す大いなる契機となろう。
四、当会は、設立に際して発表した趣意書において、あるべき教科書の姿をこう述べた。「私たちのつくる教科書は、世界的視野の中で、日本国と日本人の自画像を、品格とバランスをもって活写します。私たちの祖先の活躍に心躍らせ、失敗の歴史にも目を向け、その苦楽を追体験できる日本人の物語です。教室で使われるだけでなく、親子で読んで語り合える教科書です。子どもたちが、日本人としての自信と責任を持ち、世界の平和と反映に献身できるようになる教科書です」。
今回の検定において、やむをえない修正を余儀なくされた部分もあるが、全体としてはほぼ趣意書に掲げた通りの教科書が誕生したことを、これまで当会を支援していただいた人々とともに喜びたい。同時にこの教科書は、「我が国の歴史への愛情を深め」ることをうたった学習指導要領・歴史的分野の「目標」に極めて忠実な教科書であることを表明しておきたい。
五、今後の課題は教科書採択の正常化である。法令上、教科書の採択の権限は住民の選挙で選ばれた自治体の首長が議会の同意を得て任命する教育委員がもつ。ところが教育委員の責任と権限があいまいとなり、教育への民主的なコントロールが十分機能していないのが実状である。この状況を打開して責任ある教科書採択を行うよう全国の教育委員に呼びかけたい。当会は率先して採択の正常化に努力することをここに表明するとともに、広範な国民にこの問題の重大性を訴えるものである。
平成十三年四月三日
新しい歴史教科書をつくる会